カテゴリー「o. ヒトコト列伝」の225件の記事

まち、ひと、色々なことども

CROSS-POINT 30周年 【同時開催】ねむり教子365日の絵手紙展 2015/10/10.11.12

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鳥の道を越えて 飛騨でこその上映会


鳥の道を越えて

2014年11月1日(土)公開

岐阜県東濃地方を舞台に、鳥と人とをめぐる長編ドキュメンタリー。2008年から岐阜県加茂郡東白川村を中心に取材を続け、自然環境を利用して行う狩猟や、鳥の生態を利用して展開してきた数々の生業などを、生態学的、文化社会学的な視点を含む複眼的視座で明らかにしていく。監督は、本作が初の劇場公開作品となる今井友樹。

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岐阜県東濃地方に位置する東白川村には、自然に依拠した人々の生活があった。祖父は「昔、あの山の向こうに“鳥の道”があった」と言って、向かいの山を指さす。祖父が指さす場所が何処であるのか見当がつかない僕は、鳥と人をめぐる記憶の旅に出る。祖父の指さす山の向こうにあるものとは何か? 自由に空を飛び交う鳥を、捕まえる方法とは? 山の暮らしと狩猟、そこで育まれた地域性、そしていのちのつながりを訪ねる旅が始まる……。
(movieqwalkerより)

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鳥の道を越えて 8月9日(土)、10日(日) 岐阜県飛騨にて上映&トーク

日程:8月8日(土)
時間:19:00〜
会場:円光寺(飛騨古川)

日程:8月9日(日)
時間:13:00〜
会場:丹生川文化ホール 大ホール

料金:ー前売1,000円・当日1200円
問い合わせ:ひだ民族文化映像を上映する会
070-5598-0228(高橋)
★監督のトークがあります

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赤瀬川原平 死亡 2014/10/26

ガロ「櫻画報大全」
我が文化的アイデンティティの基礎中の基礎。

その後もずっと近くにいたつもり。

合掌。


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赤瀬川原平 死亡 2014/10/26

ガロ「櫻画報大全」
我が文化的アイデンティティの基礎中の基礎。

その後もずっと近くにいたつもりでいる。

合掌。


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「子ども枕草子」という、川口の活動

枕草子を音読する一連の活動の一つ「子ども枕草子」
我が敬愛する師にして同志にして友人(生意気ですが)でもある、川口の清水雅智子さんのワーク。

会場は、かつて2008年に、「川口~一宮 アートな犬展」として開催された「アートドッグズ」の川口市側の会場「アトリア」懐かしいですね。

一宮ブルワリーの醸造責任者、山田文隆さんが醸造を学んだ、サッポロのビール工場の跡地です。
美しい野外の空間は、これから水防の工事に入るとか。

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枕草子:一節をかるたで表現 音読の会が作品展 /埼玉

毎日新聞 2014年09月05日 地方版

枕草子を声に出して読む活動を続ける川口市の「音読の会」(清水雅智子代表)が4日、同市並木元町の市立アートギャラリー・アトリアでイベント「子ども枕草子」を開いた。「子どもたちにも古典文学の素晴らしさに親しんでもらおう」と企画した。5日まで。

会場には、市内の絵画教室に通う子どもたちが、枕草子から選んだ一節を絵で表現したかるたを展示。そのほか、中学校教諭で書道部顧問を務める山澄智英さん(51)一家4人が枕草子から選んだ言葉を書いた大作や、妻真理さん(50)の書道教室に通う生徒による作品も並んだ。音読の会会員の大沢直江さん(71)と芳沢ミチ子さん(72)は「子どもたちの絵は、言葉から想像した情景描写がすばらしい」と口をそろえた。作品展示のほか、音読や雅楽、紙芝居なども楽しめる。【鴇沢哲雄】

キャプション:枕草子の一節を絵で表現したかるたを熱心に観賞する来場者=川口市立アートギャラリー・アトリアで

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星野玖美の切り紙色紙

母の初盆で、妹が遺品の整理を初めてくれた。先は遠い。
そのちょっと前に、母がつくっていた切り紙の色紙が6枚見つかった。母はフォークダンスから革細工まで多様な趣味にはまった人だが、これは初めて見たかも。

一枚だけ裏側に日付があった。昭和53年10月13日。
1978年、私は二十歳。
大学で家を離れて2年目。この夏には、友人の村瀬元康と二人で、東京から一宮まで歩いて帰った。

今年の夏、ずっと事務所で過ごしたお盆は嵐のような天気の下で嵐のように去ってしまい、卓上には嵐の置き土産のような書類の山が積み重なってる。時間無いんだけど、でも今しないと。このままになっちゃうと、ちょっとさびしい気もして。ボケる前にアップしとこ。

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一応・・・「続き」に、1枚ずつの画像もアップ。

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あこがれ Good Bye

この5月7日に大切な叔母が亡くなりました。

昨年11月に、うちの母が悪性リンパ腫で亡くなったのですが、年初に叔母もその同じ病に倒れました。うちのおふくろは抗癌治療を2年以上にわたって受け、徐々に徐々に衰弱していったのですが、叔母はそれを見ていたからか、家族とともにある終末を選び、賑やかに、そして静かに亡くなりました。

叔母は矢野美江と言います。おふくろは美江さんのことを「みーねえちゃん」と呼んでいたので、私も、そんな無礼な呼び方を50年してきました。

みーねえちゃんは、岐阜の後楽荘という料亭の女将でした。後楽荘は今、従姉妹で、みーねえちゃんの三女の智子ちゃんが女将になっています。通夜から葬儀と続き、それからの御伽は、元来が「おもてなし」を体現しているような一家なので、何とも温かい宴となりました。後楽荘の料理は、無論おいしいですし。

驚いたのは、みーねえちゃんが三十年ほど毎日、絵日記を書いていたことです。そこには私たちのことも書かれ、また遠近の家族や親族のことが、寄り添うように書かれていました。 お孫さんたちのことは、やはりたくさん出てきます。そのお孫さんたち・・・従姉妹の子どもたちも、もうすっかり大きくなって、成人し、結婚したりお子さんがいたりします。私の記憶の隅には、赤ちゃんや幼児だった彼/彼女たちの風景が少しあります。その彼/彼女たちが今や長じて、時代や文化をともに語れることは、これはもう大きな喜びです。

みーねえちゃんの長女、博子ちゃんは多治見にいて、その娘の織江ちゃんには久しぶりに会いました。今は瑞穂で、面白いスペースを運営していて、一度行きたいと思っています。

みーねえちゃんの次女、恵子ちゃんは大阪にいるのですが、その次男、晃次さんとは、地ビールの話や音楽の話で盛り上がりました。バンドもやっているとのこと。

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その服部晃次さんが、自分のバンド「あこがれGoode Bye」のCD「SCENE」を送ってきてくれました。 「アンビエントでシューゲイザー」という伝え方は、いかにも適切。YoTubeでアベノサーカスでのライブ映像もチェック。itunesに落としてCD聞いてます。

音楽もファッションも、そしてたぶん仕事を含めたライフスタイルも、たおやかながら強い「個」があるように思いました。

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そう言えば5月5日、雨の一宮、杜の宮市へ、岐阜の友人・・・と言っても30ほども年下ですが・・・の、森くん夫婦が子連れで来てくれました。

森くんたちと一緒に、もう一組、同世代のファミリーが。そのファミリーのパパは私の方を見て、言うのでした。

「あのう、宇太郎です。」

その顔に記憶の針は振れないのですが、その特長ある名前は忘れません。

「え、智子ちゃんの息子の宇太郎くん?」

後楽荘の現女将、智子ちゃんの長男です。

実はしばらく前から話を聞いてました。コミュニティユースバンクmomoのホームページなどは彼がつくっているのだと。ほかにも色々と、岐阜や名古屋のNPO関連、まちづくり関連の作業をしているのだと。その宇太郎君が、ファミリーで、杜の宮市へ来てくれたのでした。

明くる6日は休日だったので、雨に濡れたテントやらなにやらを干して乾かして、一日が終わりました。

その翌日7日の朝6時半、みーねえちゃんは、うちのおふくろの方へ逝きました。

色々な個性が、色々な血脈を通じて、色々に動いているのを感じました。

みーねえちゃんが教えてくれました。

ひとつひとつの大切なものが守られるようにしなくちゃ。私ももう少し頑張らねば。

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モノモノ通信398 「Crafterを考える」 興味深いコラム

モノモノ通信が今月も届いた。モノ・モノ代表の山口さんが、意外と言えば意外だけど、初めて松本クラフトフェアに行かれた話と、Crafterのありようについて書いていて興味ふかい

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10年をはさんだ、志民連いちのみやと星野博の取材(朝日新聞 2005/2/9 2014/6/16)

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こういうの出さない方がいいかと思いつつ、10年ほど前の記事を探しだしたのが面白くて、出してみました。

左が2014年6月16日の朝日新聞朝刊、右が2005年2月9日の朝日新聞朝刊です。

今回、朝日新聞の岡本記者が、ずいぶん時間をかけて、志民連いちのみやの10年の活動を整理して記事にしてくれました。

その中に「10年前にも朝日で取材」という話が出ていて、ああそういえばと思って探したら、出てきました。

並べてみました。

たぶんどちらもL.L.Beanのボタンダウンを着ています。個人輸入で買った10年前のシャツは今も現役です。シャツは同じようなものでも、顔には10年のくすみが・・・あ~あ。

十年前も地ビール飲んでるし。

そんなことより、10年前に言ってたことは、どれだけ実現できたのだろうか。

志民連いちのみやの会員を138人募ると言ってたけど、いまだ正会員は12人。

まちの構造も、外形的には、あまり変わってない。

でも、このまちで何かやろうとする人を、何とか支援しようという活動は、少し蓄積できたかも。そんな循環も少し強くなってきたかも。

知恵も、時間も、お金も、限界感が強いけど、まだ、やんなきゃいけないよねぇ。

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50年前の野田直人と星野博

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人の森の野田直人と、志民連いちのみや星野博の50年前、聖光幼稚園第33回卒園式の写真。(この頃から「3」と縁があります。)

どちらの写真も、左が野田直人、右が星野博。

ちょうど50年前の昭和39年、1964年3月。
この年の10月10日から10月24日には東京オリンピック開催。
com-cafe三八屋の前身、喫茶チェリーもこの年にオープンしたと言ってました。

6歳のナオト君とヒロちゃんも、今や56歳。
人の森が受諾運営しているJICAの事業で、私が講師をすることとなり、パワポのプレゼン写真でイタズラにこれを入れたら、南米人にも受けました。

ちょっとナルシスト的だけど、既に一宮市市民活動支援センターのブログhttp://138cc.sblo.jp/article/89977357.html にあがっちゃったし、なんか、こそばゆく笑みが浮かんでくるので、アップします。

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