相棒の思い・・・藤田君のこと
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川口で楽しく暮らす会をやってる清水雅知子さんの記事。(定年時代平成20年3月号)
いつも元気なバイブレーションを伝えてくださる清水さんの記事。
清水さんとは、街の縁側育くみ隊の催事でお会いし、その後川口と一宮と離れたけれど交流を続けている。
昨年秋には、野外アート展のアートドッグを見に、わざわざ一宮市まで来てくださった。
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今、ある喫茶店と鉄道会社、大阪大学が組んで、コーヒーハウスを立ち上げる計画を進めているそうだ。
17世紀後半に英国で生まれたコーヒーハウス、それは中産階級の人が集まって政治社会を論じ、公論が形成され、ジャーナリズムが生まれるところ「火床」となったという。
私が考え、試行してきた「三八屋」も、このコンセプトに近いところ。
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ソトー出資「尾州」に大手初進出
アパレル最大手のワールド(神戸巾)は三十日、服地を企画開発する新会社を、愛知県一宮市に新設することを明らかにした。一宮市など同県西部の尾州毛織物産地に、大手アパレルが進出するのは初めて。産地企業との連携を高品質のモノづくりに生かす。
新会社は「Tキューブ」。資本金五千万円で、ワールドが90%、残りを染色加工のソトー(愛知県一宮市)が出資する。最新のファッショントレンドを反映した服地を、産地企業との連携でスピーディに開発、必要な量を迅速にワールドの縫製工場に供給する態勢を整える。
一宮市下川田町の旧家電量販店を改装し、十月営業開始を目指す。従業員は当初十五人を予定。裁断や検品なども行う。
尾州産地は安価な中国製品との競合などで低迷が続いているが、ソトーは「(中・高級品向けの)高品質、少量生産で、国内生産が見直されてきている」と指摘。地元の毛織物団体関係者も「産地の優れた開発力や品質を再評価する動き」と期待している。(070831cnp11地域経済)
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でありたい。素直にそうかも、とも思う。
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またまたまた続いて日経プラス1より(070224nnps21)
綿あめ製造機だ。1万5750円。高いのは安全管理費用だとか。
でも、普通の飴玉を入れて作れるのは面白い。
しかも名古屋の発明品会社が作っているところがヨロコバシイ。
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続いてNikkeiプラスワンの記事で。(070224nnps9)
カタログハウスの吉川美樹さんは、マザリング中でもあり、仕事の締め切りを3日前に持ってきて、後の3日に予備を持ち、あるいはさらに質を高め、心に余裕を持てると言っている。
そのとおりだな。昔はこういうベタなスケジュール論を見るとケッと思っていたが、ほとんど毎日というより午前午後夜に各々締め切りがある生活に翻弄されていると、こうあるべきだと本当に思う。
変えよう。もうセーカツを変えよう。
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市民が力を合わせたチンドン屋で街を活気づけようと、一宮市のNPO法人「志民連いちのみや」が「いちのみやチンドン隊」を結成した。市内の商店の宣伝や、祭りなどのイベント出演を目指していくという。
街の活性化を目的に、合併による新・一宮市誕生記念の取り組みとして昨年夏から準備。市内や近郊に住む会社員や主婦ら約二十人が集まった。アマチュアのチンドン屋さんとして活動する経験者もいるが、ほとんどのメンバーは初めて。
同市の真清田神社前にある宮前三八市広場で二十八日に嶮ビュJと銘打ってお披露目した。
ィオン、バイオリン、サクソホンなど各自が得意な楽器を手に集合し、広場に集まった市民を前に 「蒲田行進曲」や「ミッキーマウスマーチ」などの曲をにぎやかに演奏した。
一宮市は、市内の萩原
商店街で各地からプロやアマチュアのチンドン屋さんを集めた「全国チンドン祭」が毎年開かれ、チンドン屋にはなじみのある土地柄。
今後、衣装にもさらに工夫を凝らし、演奏やダンスを交えたパフォーマ
ンスの練習も積んでいく。
志民連いちのみやの星野博理事長(四九)は「多少
のおひねりも期待しますが、白分たちが楽しみながら、街を元気にしたい。呼んでいただければ
市内のどこへでも出向き、練り歩きます」と張り切っている。
(横井武昭)
写真キャプション:にぎやかに演奏する「いちのみやチンドン隊メンバーら=一宮市真清田の宮前三八市広場で
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NPO・志民連いちのみや
一宮市のNPO法人 「志民連いちのみや」は、市民から募集した市内のアートスポットに開する情報をもとに、インターネット上で一宮のアートマップを作ろうと、
「アートあふれる一宮」という題のホームページ (HP)を開設した。
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策定委が市へ
一宮市の一体感醸成へ
案は前文で「未来へはばたく『心ふれあう躍動のまち一宮』をつくる」と宣言。本文は五項目に分かれ、「い」 「ち」 「の」 「み」 「や」の芦文字を順に配置。「いのちを大切にし、だれもが・安心して暮らせる福祉のまちをつくります」など、福祉、教育、産業などの分野でまちづくりに取り組む目標を言葉に表した。
この日は、委員会の代表メンバーらが山口書司助役に原案を手渡し、
「子どもたちにも分かりやすい言葉に配慮した。市民に、一つになったと感じてもらえたら」と話した。
原案は市議会二月定例会に提案され、決議後、正式に制定される運び。
(横井武昭) 1/17/2007中日新聞より抜粋
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☆彡 だそうだ。
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来年度税制は、固定資産関係で、この償却期間と残存価額とが見直されるとの話だ。
今ごろになって・・・不思議な世界だ。
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生産設備、償却期間短縮へ
当面の税負担を軽減
経済活性化税制の柱に
政府は企業の法人税負担の軽減策として、生産設備の税制上の償却期間を短縮する検討に入る。償却期間中は毎年損金として計上できる金額を増やしてその年の税負担を軽くするとともに、新たな設備投資を促す。二〇〇七年度の減価償却制度見直しを視野に、液晶などハイテク分野の新規投資分から適用する案が有力だ。また設備投資額の全額を損金に計上できる仕組みも導入する考え。経済活性化税制の柱と位置付けて安倍政権が掲げる成長路線を後押しする。(企業の損金は3面「きょうのことは」参照)
日本の減価償却制度は税法上の償却期間(法定耐用年数)を機械の種類ごとに規定。企業が機械などを購入した場合に時間の経過とともに資産価値が目減りする分を毎年どのくらい損金に計上で
きるか決める仕組みだ。
償却期間が長いと年ごとに計上できる揃金額は少なくなり、毎年の税負担が重くなる。日本では一九六〇年代以降ほとんど見直しが行われておらず、主要な機械設備の平均は十年間と国際水準よりもかなり長い。このため財務省と経済産業省などが来月にも政府案のとりまとめに入る。
見直しの中心となるのは技術革新が急速に進み、生産設備を頻繁に更
新する必要があるハイテク分野。現在、液晶や半導体の生産設備の税法上の償却期間は八-十年だが、「製品サイクルが早く技術進歩も著しいため、五年程度で装置を入れ替える」(液晶パネル大言。
こうした実態に合わせ、アジア諸国並みの五年以下への短縮を検討する。
期間を短縮しても、設備ごとの累計の損失額は変わらず、中長期的にみれば減税効果は大きくはない。だが、償却期間中
は毎年の損金計上額が増えるので、新規投資額が多い企業ほど法人税の圧縮効果が大きくなる。企業の投資意欲が高まって設備更新が加速すれば、国際競争力も向上する。
償却期間の短縮と併せ、政府は投資額の全額損金計上も検討する。現行では設備投資額の累計九五%までしか損金計上を認めていない。欧米・アジアでは全額を損金にできるのが主流で、産業界などから全額計上を求める声が強まっていた。
構想が取りざたされるが、「財政健全化に逆行する」との声も政府内に
税制改正案は十一月上旬の政府税制調査会(首相の諮問機関)で議論し、年末の与党税制調査会で具体的な枠組みや改正時期を決める。企業の二〇〇七年度決算からの適用を目指すが、税制改革全体を巡る調整で結論が先送りされる可能性もある。
全額損金計上を中心にした減税額は、対象設備を新規投資分などに絞り込めば一千億-ニ千億円、既存設備まで含めると五千億円超になるとの
試算かおり、原資をどう確保するかも課題。法人税の自然増収分を充てる
あり、実施時期などを巡って議論の曲折も予想される。
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本当に美術館だろうか。初めての人なら戸惑うほど熊本市現代美術館のロビーは「美術館」らしくない。
入場料を記した看板も券売所もない。ゆったり座れるソファとテーブル。奥には広々としたライブラリー。毎タボランティアが奏でるケランドピアノの前で、買い物帰りの主婦や学
いていい。それが我々の美術館」と館長の南鋸宏は胸を張る。
館内はほとんどの場所が無料。遊具と絵本を備えた母子のためのスペース、映画を上映するホール、ゲーム感覚で遊べる作品のコーナーも、ふらりと来た人を拒まない。有料の展覧会会場の入り口は、むしろ隅に隠れるようにある。
「ここは美術館であるより前に『人間の家』なんだ」と南真・・・
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こここれは、ゼヒ行きたい!(10/24/2006)
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社名は一宮市の象徴、真清田(ますみだ)神社から名付け、創業当初から変わっていません。
「おりもの感謝祭一宮七夕まつり」
一宮七夕まつりとのかかわりは、まつりが始まった一九五六(昭和三十T年当初から。今では水防の各商店街の依頼を受けて、一宮の飾りの特徴とちいえる仕掛けを施したアーチ形の飾りや、色とりどりで華やかな吹き流しなど、大部分の製作に携わっています。
七夕まつりにかかわることはわが社の誇り。
マスター ー927(昭和2)年4月創業。66年H月に株式会社化。看板、広告、ネオン、展示を手掛ける。資本金1000万円。社員30人。
二宮市富士3丁目)
実は、先代社長だった兄が六月に七十二歳で亡くなり、跡を鶴いだばかり。兄は大の祭り好きで、一宮七夕まつりへの思い入れは人一倍だった。先頭に立ち、張り切っていただけに残念です。
急なことでしたので、周囲の方々からは「ことしの七夕は大丈夫か」と心配していただきましたが、担当の社員はじめ、総力を挙げて「何としても成功を」と奮闘しています。
(宮崎仁美)
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最近「あの戦争は何だったのか」という本を読んだ。
あの戦争が、どういう人々の、どういう意思決定で進行していったかの、多少推論もあるが、リアルなレポートだ。
原理主義的精神論の戦争遂行を続ける軍。
2.26事件以降、自らの意思を表さない昭和天皇。戦争を終わらせるため、ついに発言する昭和天皇。
靖国神社A級戦犯合祀に昭和天皇が不快感「それが私の心だ」。
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昨年から法人化を一緒に検討してきた。会計や税務でお手伝いすることになった。
(以下記事060707cnpo20)
尾州人材育成機構NPO法人の認可
正式に発足
尾州産地の技術力を生かして繊維全般について教え、繊維業界の人材育成につなげる「尾州・テキスタイル・カレッジの運営団体「尾州人材育成機構」が、県から特定非営利活動法人(NPO法人)の認可を受けて正式に発足した。
同カレッジは二〇〇二年から開講。ことし三月までに五百七十人が受講するなど成果を上げている。
今後、尾州産地を挙げてさらに発展させようと、法的な運営母体として同機構を設立することになった。
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毎週は大変だが、大切だ。ココロザシが無ければ続かない。
(以下記事060707cnpo20)
一宮市南小渕の身体障害者授産施設「かすみ草」で毎月聞かれている「土曜ミニ朝市」が、8日で10周年を迎える。関係者の努力で121回を重ね、障害者と地域の人々がいヽれあいをはぐくむ潟として定着している。(横井武昭)
第一回は、施設開所から気軽に来てもらえるきっか一年たった一九九六年七月けをつくりたかった」と話に開催。地域の人に施設にす。
器バド容勁回菜か販やをら売は先安すがづレぶ煙青人かど空れ `の市た地授
場」、服や日用雑貨を扱うリサイクルバザー、カフェなど多彩な催しを開いてきた。
毎回ゴ二百人ほどが訪れ、二十万上玉五万円になる売り上げは、主に施設利用者二十一人の給料に充てられている。
地城とのつながりも進み、「これをバザーで使って」と服やホットプレートなどを住民が届けてくれたり、朝市当日は地元の千秋中学校の生徒がボランティアとして手伝いに来てくれたりもする。
買い物に訪れた客と交わす会話や、ボランティアと
足を運んでもらい、ふれあ 以来、毎月第二上曜日 一緒に働くことが、施設利いを深めようと企画されに、テントやテーブルを設用者にもいい刺激になって
た。知徳太郎施設長は「福祉に興味がある方でも、急に訪れるのは難しいはず。
置して施設内外で開催。障いるという。堀施設長は害者と家族、施設職員、ボ 「施設では人回関係が固定ランティアが店頭に立っ されがちだが、月一回さま
ら、几=茫小さな規模でも毎月継続
ざまな人と交流することはなく、小さい規模でも毎で、知的障害を併せ持つ施月継続できたことで地域と設利用者もあいさつができのつながりも生まれたと思るようになるなど、自黙とう。今後は他の障害者施成長できる」と説く。障害設や団体にも呼び掛け、一者自らが意見を出し、みた緒に朝市をして交流を広めらし団子や駄菓子などの模ていけたら」と話してい擬古も実現した。 る。
八日は午前九時から十一 問い合わせは「かすみ草」まで=電0586(81)3815
「年に一度の大きな企画で。
地域の人々に支えられ、10周年を迎えた土曜ミニ朝市一昨年7月、一宮小南小潮の身体障害者授産施設「かすみ草」で
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そうか、マルフクの普久原朝喜が戦後「懐かしき故郷」を作り、普久原恒勇が「芭蕉布」を歌ったんだ。
(以下記事060706nnp40)
沖縄民謡は命の薬
養父が設立、マルクフクレコード80年史
普久原恒勇(ふくはらつねお)
沖縄民謡のマルフクレコードをご存だろうか。私の養父、普久原朝喜(ふくはらちょうき)が一九二六年に大阪で設立し、今も続く独立系レコード会社である。メジャーのレコード会社のような大きな組織ではないが、戦前戦後を通じて沖縄出身者の心のよりどころとなり、進取の気性で沖縄民謡のあり方まで変えた。だからこそ八十年も続けることができた
のだと思う。
♪ ♪ ♪
腕利きの三線奏者
朝喜は一九〇三年、越路(現在の沖縄市)で九人兄弟の長男として生まれた。越来村は歌や踊りが盛んな土地柄。朝喜も松の枝と空き缶で三線を手作りし、十七歳の時には早弾きの勝負を挑まれ、三時間弾き続けたと語り草になるほどの腕利きゼった。
ところが、借金で大の車となった家計を助けるため二十一歳で一念発起して貨客船「平安丸」に乗り、大阪へ出稼ぎに行く。紡績工場で働いた後、行商を覚え、小さな喫茶店を開いた。商いが繁盛していたころ、どこで聞きつけたのか、内外レコードという会社からレコード吹き込みの依頼が舞い込んだ。「ハンタ原」 「ナークニー」など売り歩いた。故郷の民謡は彼らを慰め、明日を生きる心の糧になった。
♪ ♪ ♪
自ら作詞・作曲も
一方で自ら作詞・作曲も始めた。「軍人節」「無情の唄」 「移民小唄」などが大ヒットし、「チコンキーふくばる(蓄音機首久原)」の名は故郷までとどろいた。南米やハワイの移民先にレコードを持参する人たちも多
行った沖縄県出身者が数多く住んでいた。マルフクレコードを立ち上げた朝喜は、歌手と演奏者、ディレクターを兼務し、七十八回転のSPレコードを自転車に乗せて沖縄県出身者の家庭を回ってく、かの地でもマルフクレコードの民謡が鳴り響いたという。
これらの成功によって朝喜は親の借金を返済し、実家も新築した。新しい家には、蓄音機を発坦した米国の発明王エジ
ソンの肖像画を掲げた。
「偉い人だから手を合わせて拝みなさい」と養父は私たち家族に言って聞かせたものだった。
戦争によってレコード制作を中断したが、終戦後の五二年に再開し、朝喜の作詞・作曲による「懐かしき故郷」を発売した。
いみ うちなIむとうしがた 「夢に見る沖縄 元姿やしが音に聞く沖縄変てぃ無らん……」。恋しい故郷への思いを歌い上げたこの曲は、米占頷下となった故郷との音信が途絶えた本土在住の沖縄県出身者のヌチグスイ (命の薬)になった。
八十年間、すべてが順風だったわけではない。戦前はツルレコード(盛光堂)やトンボレコード (自声堂)など沖縄民謡を扱うライバル会社がいくつもあり、歌手の引き抜きも激しかったらしい。最大の危機は戦争で、戦後も続けられたのはマルフクレコードだけだ・った。それを養父はひどく誇りに思っていた。
♪ ♪ ♪
民謡創作の先駆け
沖闘では民揺にも新曲
かおる。その先駆けとして多くの民謡を創作したのが朝喜だった。三線を早弾きする奏法を編み出し、マンドリンやバイオリンといった西洋楽器を取り入れるなど、常に工夫を加えた。バイオリンを本格的に学んだ渡慶次憲行さんという人が朝喜に協力してくれたことも大きく影響したようだ。この間、朝喜を筆頭に普久原鉄子、多高良朝成、多高良カナ、普久原京子、知名定繁、宮城輝忠、仲間良識ら沖縄民謡界のそうそうたる顔ぶれがマルフクで吹き込んだ。戦前の原盤も戦災を免れて今も保存佞ている。
私は三二年に朝喜の弟・朝山の子に生まれ、すぐに朝喜の養子となっ
た。三線の音色を浴びるように聴いて育ち、学生時代は西洋音楽を学んだ。一時は写真家を志したが、三十歳ぐらいから本格的に養父の仕事を手伝い始めた。沖縄音楽の中興の祖といわれる存在だったのに「音楽でメシを食うなんて考えるな。商売をしろ」と私に教育したのが不思議だった。
だが結局、私もマルフクレコードのディレクター兼音楽家になった。幸いにも「芭蕉布」などのヒット曲に恵まれてマルフクレコードを支えることができ、私なりの親孝行ができた。朝喜の志を受け継ぎ、多くの人たちに音楽を届けていきたいと思う。 (ふくはら・つねお=音楽家)
写真:(1955年、大阪の自宅)演奏する朝喜夫妻
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どこにも、我々の活動「ラブたな」・・・にぎわい広場やどすこいは、書いてない。
(以下記事)
一宮七夕つり
市役所など飾り付け始まる
一宮市の夏の風物詩「おりもの感謝祭一宮七夕まつり」 (同まつり ‐‐‐‐協進皇催)が二十七日に開幕するのを前に、四日、市役所など市内 一の公共施設で華やかな吹き流しの飾り付けが始まった。JR尾張一宮 ‐‐‐‐
駅や本町商店街周辺の中心会場も順次七夕飾りで彩られ、二十七日から三十日までの期間中には連日催しが繰り広げられる。(宮崎仁美)
同まつりは一九五六 (昭和三十一年)に始まり、五十一目目。仙台、
平塚(神奈川県)と並ぶの人出でにぎわう。
日本三大七夕まつりのI ことしは、地元ゆかりつとち称され、毎年多くの戦国武将山内一豊と妻
千代をかたどった仕掛け
ランパスエイトショー (二十八日)、和太鼓の競演(三十日)など多彩な催事を連日開催。
本町商店街周辺でも、
飾りや、電飾飾り、市内十四団体五百二十大の市の小中学生による創作飾民が音楽に合わせて白由りなど、例年と同じ規模な振り付けで踊る「ワツで多くの飾りが登場。 ショーいちのみや」 (二 催しでは、ゴダイゴで十八日)や、時代絵巻風活躍したア上Jィストのの「御衣(おんぞ)奉献タケカワユキヒデさん大行列」 (二十九日)、らが出演する開幕イベミス七夕・ミス織物オーント「一宮七夕まつりスプンカーパレード(三十ペシャルないと!」 (二 日)など、例年好評の催十七日、駅前lnステしがある。
よン)、一宮商工会議所 期間中、中心会場周辺主催で一宮にちなんだは交通規制かおり、一宮独創的なアイデアを競競輪場(同市羽衣二丁う「一宮特産品コンテ哲の無料駐車場から会スト」 (二十九日、本町場を結ぶ無料シャトルバ商店言などが開かれスを午後一時から約十五る。 分間隔て運行する。問い そのほか、駅前・lnス合わせは同まつり協迎合テージでは、歌于りのラ事務筒口目電0586イブや、白鳥おとり、グ (28)9131=へ。
27l30日催し盛りだくさん
飾り付けが始まった吹き流しを前にほほえむミス七タクイーン面とミス織物クイーン上官市役所一宮庁舎で
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旧尾西市長の丹羽厚詞さんが、年末の市長選(合併後初)に出馬表明
以下記事(cnp060704cnpa22)
旧尾西市長
丹羽氏が出馬表明
一宮市長選合併推進、2氏激突へ
合併後初となる次期一宮市長選(来年一月二十白日任期満了)に、旧尾西市長の丹羽厚詞氏(四四)=一宮市起=が三日、立候補を表明した。現職の谷一夫市長は既に立候補翼明をしており、合併を‘進めた当事者による激突ぶ明確になった。
‐ 丹羽氏はこの日、一宮・雨役所一宮庁舎で記者金鎚。「合併は改革のチャ ンスなのに一宮は前時代一的なところが多く『今まで通りで良い』という雰前気を感じる。このままぞは合併の効果が半減で終わってしまう」とし「まず職員の意識改革が必要」などと、出馬理由を説明した。
具体的には「役所に専門の部署をつくって企業誘致を行い、安全、教育の改革も進めたい」とした。
丹羽氏は二〇〇三年四月、旧尾西市議から市長に初当選し、合併で失職する○五年三月まで務めた。合併後は一宮市特別参与に就き、尾西地区の市政について意見を述べてきたが、この日、同市特別参与の辞職届を提出した。
(宮崎仁美)
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カフェフォレストで、忍者教室のチラシを見た。明日新聞に出るはずだとの話。
以下記事
一宮市内で「忍者教室」が聞かれていると聞いた。忍者といえば、雲隠
れの術や軽々とした身のこなしなど、人間離れした技の数々が思い浮か
ぶ。山奥でひそかに修行するという印象かおるが、ここ尾張他方は広大な
平野。しかもその教室は「恋々倶楽部」と銘打って、隠すことなく広く生
徒を集めているらしい。一体、どういうことなの? (宮崎仁美)
六月下旬の夕方、木曽姿。現代的な建物の中なようで、何やら不思議な
川のほとりにある尾西グのに、時代が昔に戻った光景だ。
リーンプラザ(一宮市冨宍
田)を訪ねた。
子どもたちが、母親らに迪れられて続々と集まってくる。一見、よくある習い事の送り迎え風景のようだが、どの子も頭からつま先まで黒ずくめの装束姿。まさにてニ忍者″といったいでたちだ。
十人ほど集まったところで、「それではきょうの練習を始めます」と声がかかった。そう言う先生も、子どもと同じ忍者場ぶ学もLlj‐体動かし 集まった子どもたちは三歳から小学四年生までとばらばらだが、きちんと正座して「よろしくお願いします」と元気よくあいさつ。この日の教室が始まった。 ストレッチから始まり、縄跳びを跳んでから前転したり、先生が投げたボールを避けたり-。操に格闘技の要素を取りり、体と心を同時に鍛え入れ、体を勤かしながらるため、空手を広めよう礼儀を学んでもらう剔なと考えた。子どもたちは、楽しそうんです」。教室を主宰す 「でも、空手は痛い、に緬行〃を続ける。拳る後藤直樹さん(四〇) 怖いというイメージがあを突き出し足をけり上げ疸巾今伊勢脚本神戸=はる。だから子どもに人気るといった格闘技のよう笑って教えてくれた。 の忍者を取り入れたんでな動作も訓練した。 後藤さんは中学三年生す」と後藤さん。格好が
ただ、一時間のレッスの時に空手と出合い、趣忍者ということで、子どンの問、本当に「忍者ら味として長く続けてきもたちち楽しく続けられしい」場面は、休憩時間た。 るのだという。
にゴム製の手裏剣を発泡 白身は空手を通じて精 後藤さんは「四月に間
スチロールの仮に向かっ 神的に成長したが、「顔講したばかりですが、厳
て投げて遊んでいたとこ近はあいさつができないしく楽しく指導していき
ろぐらい。 など礼儀を教えられていたい」と張り切ってい
「実は何か特別な技をない子どもが増えている。教室では英語が得意
教えるわけではなく、体る」と感じていた。安心な妻の知亜紀さん(言
忍者教室で体を動かす子
どもたち二宮市冨田で
して遊べる場所が少ないが、体を動かしながら学
ため、体を動かす機会がべる基本的な英語も教え
減っていることも気になている。
060702cnpo20
チラシもはりつけておきましょ。
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スペイン女性繊細に
函蓉両家の中島さん個展
一宮市出身でスペイン
・マドリード在住の画家
中島義行さん(こ=写真
=による個展が一日、同
市本町一丁目のブティッ
ク「MOIly (モ
リブで始まった。九日
まで。
中島さんは二十一歳で
渡欧。ピカソやミロらが
学んだ名門校、スペイン
土こサン・フェルナンド
美術学校(現・マドリー
ド大美術学部)に日本人
として初めて入学を許さ
れ、首席で卒業した。
人物を題材に、髪の毛
やレース、装飾品など物
の質感を繊細なタッチで
描き分けながら、写実的
に表現した画風にはファ
ンが多い。
毎年三回ほど帰国して
各地で個展を開いてい
る。一宮市での個展は毎
年恒例で十二回目。会場
にはスペイン女性を題材
に、レースをふんだんに
使った民族衣装姿の妙齢
の女性や、ネコを抱いた
あどけない少女など、四
十点が並ぶ。
(宮崎仁美)
060702cnpo20
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経済担当の一宮市助役、井辺っちが去り、梁島利通氏がいらっしゃることとなった。
井辺っちは、この一ヶ月、色々な人と毎夜送別会をし、去っていった。色々なものと格闘した3年間だったろう。
梁島氏に更なる展開と、小欲に左右されないグランドデザインの現実化を託したい。もちろん私たちも自助努力を続ける。
以下記事(060701cnpo18)
助役に梁嶋氏
一宮市議会が同意
一宮市市議会は三十日、六月定例会の最終日を迎え、助役二人のうち井辺国夫氏の退任による新助役に、中小企業庁長官官房企雨宮の梁鴫(やなしま)利道氏言)=写真=を選任することに同意した。
梁鴫氏は一丸八〇(昭和五十五)年に通産省(当時)人省。大臣官房秘書課長補佐などを歴任し二〇〇三年七月から現職。任期は一日から四年間。東京都狛江市。
また、中心市街地活性化特別委員会の設置を決めた。同委員会は市議十九人で構成し、JR尾張一宮駅に求められる機能の検討や新庁舎の建設計画の関する調査などを行う。
そのほか、本年度一般会計補正予算案など二十三議案を可決、承認。固定資産評価員に資産税課長の東元徹夫氏(五八)を選任する人事案に同意し、「商品である軽中占自動車に対する軽自動市税の課税を免除されたい」とする請願を採択、閉会した。
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木曽川資料館名誉館長の国枝法音さんが、山内一豊をテーマにした道徳などを教える本が出た。(060701cnpo18)
本は、しばらく前に木曽川の青木さんから頂戴した。
以下新聞記事
一宮の木曽川資料館名誉館長国枝法音さん
戦国武将山内一豊の顕彰を続ける国枝法音さん千丁岐阜県大垣、
市東町=が、一豊をテーマにした本「一無心豊(いもむしんほ
うブを出版する。国枝さんは昨秋、がんを告知され、抗がん剤で
冶旅中の身。「『これで人生が終わるのか」と思ったが、本を書く
ことで檀われた。一豊の功績を社会に伝えたい」と話している。
(長田真由美)
半年間、無心に執筆
からは名誉館長に就任した。
木曽川町は一豊の出生地とされることから関心を持ち、一九九六年に「一芸顕
彰会」を設立。事務局長として一豊の研究を続けてきた。
NHK大河ドラマで「功名が辻」の放映が決まり、楽しみにしていた昨年十月、大腸がんが見つかったとめてはどうかという語が
持ち上がった。「すべてを忘れよう」と無心になって執筆。半年ほどで完成した。
本は、国枝さんこと「クニさん」が、子どもに語り掛けるような口調で分かりやすく書かれている。「夫に従うのが女性の美徳」という視点ではなく、あくまで協働して助け合う夫婦像
を描き出した。国枝さんは 「功名心、義きょう心、友情、夫婦愛など一豊の生き
た。医師からは「手術をす方には現代にも通じる」とるにはもう遅い。抗がん剤話す。
に頼るしかない」と言わ 四六判、二百四ぐ。千二れ、目の前が真っ暗に。肝百六十円。千二百部を文芸臓への転移も見つかった。社=電03言369)22
ちょうどそのころ、出版99=から出版した。全国社から、「一豊顕彰会」での主要書店で十五日から販執筆してきた会報を取りま売する。
「功名心、夫婦愛など知って」
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日経新聞6月1日朝刊に、町並み整備を住民らで組合を作り、それが管理したりもする仕組みを国土交通省が作ると出ていた。
アメリカのBID的手法なのかな。やれるのかな、と思いつつも気になる。
(6/1/2006)
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NHKテレビでの杜の宮市を宣伝しにいけるきっかけを作ってくださった、富永良治さんが会社を辞め、画業で生きていかれることにしたとのこと。
名古屋市北区城見通の喫茶マママリーで4月2日まで個展をしている。
(3/31/2006)
(060330cnpo19)
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