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星野博のプロフィールとか履歴とか

星野博

 

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プロフィール1(SS)
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星野博(ほしのひろし)
1958年1月一宮市生。星野会計事務所所長(税理士)・まちづくりNPO法人志民連いちのみや理事長。一宮市市民活動支援センター運営マネージャー。
(71字)

 

 

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プロフィール2(S)
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星野博(ほしのひろし)
1958年1月一宮市生まれ。星野会計事務所所長(税理士)・まちづくりNPO法人志民連いちのみや理事長。市民イベント「杜の宮市」・コミュニティカフェ「com-café三八屋」・地ビール工房「一宮ブルワリー」等を運営。一宮市市民活動支援センター運営マネージャー。著書「私からはじまるまち育て」(共著・風媒社)ほか
(154字)

 

 

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プロフィール3(M)
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星野博(ほしのひろし)
1958年1月30日愛知県一宮市にて生まれる。中央大学経済学部卒業。星野会計事務所所長(税理士)として地域の中小企業支援業務をおこないつつ、まちづくりNPO法人志民連いちのみや理事長として地域活性化活動を展開。「杜の宮市」などの市民イベントプロデュースや、「138ひつじプロジェクト」など活性化事業のプランニングに従事。コミュニティカフェ「com-café三八屋」や地ビール工房「一宮ブルワリー」を経営。あいちコミュニティ財団監事。一宮市市民活動支援センター運営マネージャー。著書「私からはじまるまち育て」(共著・風媒社)「現代社会の消費とマーケティング」(共著・税務経理協会)
(289字)

 

 

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プロフィール4(L)
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プロフィール5(2L)
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プロフィール6(3L)
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 本人が皮肉を込めて“HUB TOWN”と呼んでいる、愛知県一宮市(尾張一宮)在住。 10代から今日まで、余り成長無く山旅と自然、路地裏と音楽に親しむ。
 JR尾張一宮駅から5分ほど、中心である本町商店街アーケードから少し外れた通りの一本裏で生まれ、育つ。
 父は真清田神社の石の鳥居を刻んだ石屋の息子にして公認会計士の星野充。誠に厳格な大正12年生まれ。
 母は稲沢の水宗というつぶれてしまった繊維会社の娘。玖美。父母とも色合いは違うが、ともに文化的なことも嫌いではない人間たちだ。
 聖光幼稚園、大志小学校、一宮南部中学校くらいまでは、いい子だったと父母は言う。一宮高校(ヤリ高)へ学校群第1期として勉強もあまりせずに入る。(ヤリ高卒業は第28期)。このころから順々に悪い子となり、ブルースから民俗音楽に深くはまる。一浪して中央大学経済学部へ入ることになるが、これは御茶ノ水で新入最後の年度。翌年から大学は多摩に移転し、多摩川沿いに住むものの、自然や風景は好きだがプチ平和市民像が性に合わず、慣れ親しんだ高円寺に引っ越して中古レコードあさりとライブハウス周り、喫茶店研究にいそしむ。
 一転二転して結局父が経営する会計事務所に入り、税理士を生業として今日に至る。
 その間、アメリカの生協R.E.I.の日本人会員(当時7万人ほど)を対象としたREI CAMP&SCHOOLを立ち上げディレクティングしたり、ぐうたらなアウトドアクラブ「クラブドド」などを運営してきた。アメリカ自然保護団体シェラクラブの生涯会員だし日本自然保護協会の自然保護観察指導員だが、極端に生物や植物の名称などには弱い。山歩きは一年中やってきたが、根性からはほど遠いところで、ほとんど一人でウロウロしてきた。
 1987年周囲の反対に対して色々な魂を売りつつ結婚。おとなしく心根の良い、やさしい娘二人を授かる。結婚当初より、妻には家庭から出て社会参加するよう言っていたが、実際大学へ2年間通ったところで子供たちを連れて出奔した。その後離婚。
 1980年代後半、一宮で市民活動の萌芽とも呼ぶべき「一歩の会」に参加。七夕まつりでの「駅前ステージ」市民自主運営に関わる。「一歩の会」は金銭面他で内部分裂。その後カネのかからない市民活動を目指して、パソコン通信に「いちのみやパティオ」「いちのみやHP(ホームパーティ)」「ブレティンいちのみや」などを開設し、草の根ネットワーク形成を目指す。
 1998年、再度七夕まつりの市民化活動として、多くの仲間たちと「どすこいライブ」を立ち上げる。その後この活動は「ラブたな~七夕まつりを愛する志民の会」として、市役所横の公園のビア&ライブステージ「にぎわい広場」ほかの自主七夕活動へと展開する。
 2001年よりは、尾張国一宮真清田神社の境内をお借りして、完全市民手作りまつり「杜の宮市」をプロデュース。毎年1万人以上の来場者を迎える。
 その他「まち遊び総研」と称して木造繊維工場の見学会や多目的&店主日替わりスペース「三八屋」運営、一宮市中心市街地活性化協議会委員などの諮問活動を担当。
 2005年こうした活動を統合し有機的連携を図るため、1週間の準備で「特定非営利活動法人志民連いちのみや」を設立するが、ヒトモノカネ時間すべて苦しい運営で、自ら「超弱小まちづくりNPO」と呼んでいる。
 中京大学大学院商学研究科博士課程へ税理士業務の傍ら通学し、塩田寳雄先生について商業論商店街論と地域論まちづくり論の融合を研究するが、生来の怠慢くせで博士論文をまとめきれないまま博士課程単位取得満期退学。ううむこのままではいかん。
 税理士業務は多忙を極めるが、個別企業の問題に取り組むほどに、それが市民活動と共通する地域問題を内在することを痛感している。会計業務と市民活動は極力混じらないよう、相互に負担にも利用にもならないよう心がけてきたが、やればやるほど、問題の根幹は共通していることに気づきがある最近だ。
(3/25/2006)

 

 

 

 

 

 

 

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星野博写真
https://goo.gl/photos/b2Tem8x355QqcqTx5 20170107_200105_16w

 

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コメント

こんにちは。
水野です。
一宮高校でご一緒させていただいてましたが、ご記憶ございますでしょうか?

投稿: 水野明之 | 2016年8月26日 (金) 15:37

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