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はばみつひろさん、ご冥福をお祈りします

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当初は、亡くなられた記事だけだと紙面的に重いかなと考え、別の情報と合わせて一つの記事にしたのですが、いーちを編集する加藤夫妻の意見で、追悼記事だけにしていただきました。沖さん、加藤さん、ありがとうございます。

以下は記事の原文です。

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 はばみつひろさんが亡くなられました。

 10月31日。62歳の誕生日その日に。突然。

 はばさんは、萩原にある喫茶「マロハウス」の店主。はばさんが自家焙煎した「万葉ブレンド」コーヒーの香り高い、くつろぎの空間でありながら、濃厚な情報交換の場でもあります。モーニングにも遠近の人たちがひっきりなしにやってきます。それはやはり、はばみつひろの不可思議な魅力ゆえ。

 つボイノリオさんは、はばさんの訃報を聞いて語ってくれました。「私が大学生、彼は高校生。我々のコンサートに飛び入りで颯爽と現れ、スティービー・ワンダーを歌った時、我々大学生は彼の歌唱力に唖然として、その日の話題は全部、彼のことでした。すごい才能に、びっくりしたものです。」

 はばさんは、1975年にキャニオンレコードから「君のいない街」でデビューしたプロのシンガーでした。その後、一宮の中心地などで喫茶マロハウスを数軒経営。そこでは多くの若者が、はばさんに感化されながら育ちました。体調を崩して萩原の実家の隣の店一軒に絞ってからは、珈琲を丁寧に一杯だてしつつ、色々な引出しから色々なことを伝えてくれました。

 歌わないはばさんを、十年ほど前に無理やり七夕祭りのステージに引っ張りだしました。「ハイライト」そして「太陽のあたる場所」。何気に歌うその風格!やがて色々な人たちと旧交を暖め、繋がりながら、また歌い、曲を作るようになりました。

 その歌が、地域とりわけ萩原への想いと重なり、「メモリーズ・オブ・ハギワラ」というCDも出しました。その曲の一部を紹介して惜別の手向けとさせてください。

 伊吹颪が 美濃路を通り抜ける

 やすらぎの森中島宮 桜しょうぶの万葉の里

 とんがり帽子の ノコギリ屋根から

 かすかに聞こえる 機織りの音は続く

 賑わうチンドン祭り 響き渡る子供太鼓

 誰もが手を差し伸べ 守るべき故郷よ

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