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(一宮高校の)記念式典で松岡監督のハナシを聞く(2008年12月号)

0812chunen_matsuoka0811_s 月刊いーち2008年12月号(11月中旬発行)
チューネン断定団
「恥ずかしいことも話せる
相手を見つけよう」
記念式典で松岡監督の
ハナシを聞く

 

以下は元原稿です。多少変わっています。


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 去る10月31日、一宮高校の創立90周年記念式典が一宮市民会館で開催された。映画「さよならクロ」「東京タワー」などの監督で、同校の卒業生である松岡錠司さんの講演もあった。チューネン断定団は本日こちらへ潜入。

フル・ みんな正装ですよぉ。私たちだけ普段着。
ホシ・ 取材だからいいんです。おっ。受付にいるのは、さっちゃんだ。
フル・ なれなれしいなあ。
ホシ・ 高校の同級生で、ヤリ高の英語の先生なんです。

 記念式典は10時に始まった。「まだ見ぬ世界へ挑戦を」「自ら考え主体的に行動する若者に」校長の力強い式辞が印象深い。休憩をはさんで11時過ぎから、松岡錠司監督の講演が始まった。

フル・ 松岡監督は昭和55年卒業で、私の2期下です。
ホシ・ ってことは私の4つ下です。

 監督は、曖昧な感覚の中で日常を送る人間の姿から話し始めた。一宮幼稚園のころ絵を描くことに目覚めた。宮西小学校のころはマンガを書いて「少年ヨンデー」を発刊していた。5年生の時に字幕スーパーの「ゴッドファーザー」を一人で見て感動した。北部中学1年の授業で将来の職業を問われた時、「映画監督になりたい」と答えたライバルの子に衝撃を受けるが、自分こそ映画監督になろうと考えた。一宮高校に入った記念に両親から8ミリカメラを買ってもらい、映像を撮って学園祭などで発表していた。

 場内は暗転し、舞台後方の大きなスクリーンに映像が映される。「松岡錠司 CM」のタイトルの後、松岡監督がつくったコマーシャルが次々と映し出される。誰もが知っているコマーシャルの数々に、どよめきが幾度も起きる。

フル・ 有名で印象深いコマーシャルばかりですねえ。
ホシ・ まとめて見ると、共通するトーンも感じますね。

 日大藝術学部の監督コースで、自主映画を撮っていた。卒業してからは肉体労働をしながら映画作りを模索していた。とても厳しくて、ついに精神的にやられて一宮へ帰ってきた。母の勧めで地元のバナナ加工会社へ就職が決まった。その直後、東京から電話が入る。「映画を撮らないか。」自信がなくて一度は断った。名古屋まで説得に来たプロデューサーは、大学当時の作品からずっと見てくれていた。映画を撮ろうと・・・そうして劇場用映画にデビューした。

 再び場内は暗転。今度は「松岡錠司 映画」のタイトルが出て、映画のメーキングのようすが「監督と青春」「監督と演出」「監督と現場」などをテーマに映し出されていく。

フル・ 生徒たちは、どんな思いでしょう。
ホシ・ 好きで選んだ道ゆえの、何かを作り続ける苦しさと喜び、みたいなところですよね。

081031yariko90matsuoka3  人生たやすくはない。しかし恥ずかしいことも話せる相手を出会いの中に若い感性で見つけてほしい。監督は、そうメッセージを送った。
 最後に女子生徒が花束を贈呈した。監督は少し、はにかんだように見えた。

写真は

一宮高校創立90周年記念式典パンフレット(上)

式典の様子(一宮高校HPより) (下)

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