左は、中日新聞2005年7月の記事。名大助教授(当時)西沢泰彦さんが一宮市庁舎、西分庁舎などを調査したとある。今回の見学会の資料として配布された。
今回配布された資料全体は以下(PDF版)
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「081218cityhalltour3.pdf」をダウンロード
こうした見学会を開いた建築家の皆さん、とりわけ安井聡太郎さんに大きな敬意を払いたい。ありがとうございます。ご苦労様です。
以下は私の思い。
公共財とは何だろう。何が地域資源となっていくのだろう。時代変遷もあり一概に何を守るかは難しい。難しいが一度無くしたものは二度と手に入らない。
歴史的建造物を残すべきかどうかの評価は多くの専門家の意見と、将来の有効活用の検討との両方が必要だろう。ハードとしての価値性とソフトとしての有用性。プロの目と市民の意思。これらを両軸として、未来の世代にとってプラスの財産となるものを考えたい。
勉強も研究もないまま現在の短期的価値判断で断片的な意思決定を重ねていくのは、もうやめたい。そんなことをしても許容されるような資源余裕は、この地域(国)には、もうない。ないからこそ残すもの・・・あり続けるものを真剣に議論したい。その議論の過程こそが、まちづくりだ。
我が三八屋には色んな建築物のカケラが取ってある。私は「骨拾い」と呼んでいる。1998年に取り壊されたニチレイのレンガ倉庫のレンガに始まり、名鉄百貨店の礎石、グランドタマコシのブロック、洋食屋ボルボの屋根瓦、西一宮駅のレンガ倉庫のレンガなどのカケラだ。そうしたカケラの骨拾いは、もうこれくらいで終わりにし、全国へ誇れるようなハードとソフトの物語を夢見てしまう。
今回、見学会に参加してみて、あらためて西分庁舎の位置づけが重要に思われた。中心市街地活性化委員会でもずっとその位置づけを言ってきた。本町に面した西分庁舎は個々の要素では弱みもあるが、規模といい、ロケーションといい、建築といい、総括してみれば一宮の中心市街地活性化のシンボルでありツールとなる存在だと思う。